高校2年生の肌寒い秋ころの記憶です。
今でも悔やみます。
修学旅行に行かなければ良かったのだと・・・。
私は初め、5人グループのメンバーでした。
けれども、休み時間や移動教室のたびに仲間外れにされるので、最終的に6人グループへと移動しました。
修学旅行の夜、6人グループに最初の5人グループのメンバーが加わって、ガールズトークが始まります。
私は結局そこでも、仲間外れにされ、雑談に入れてもらうことが出来ませんでした。
あの日の私が「助けて・・・!」と訴えかけてきます。
誰が私を救ってくれたでしょうか?
先生ですか?
両親ですか?
いいえ。
自分を救えるのは、自分しかいないのです。
だから伝えます、あの日の私に。
今の私が語れる、精一杯のメッセージを・・・。
未来の私、助けてください。
今、女子たちみんながガールズトークをしてるよ・・・。
私は入れてもらえないから、寝たふりをしてる・・・。
そしたら女の子ふたりで「え?寝てんの?」「分かんない」と言い合ってる。
私は結局、ガールズトークの恋バナに参加できないまま、話を聞くだけなんだ。
もう無理だと分かったから、他のクラスの友達の部屋で眠ることにするよ。
誰も助けてくれない。
誰も心配してくれない。
未来の自分には、なんでも話せるのに・・・。
あの日々の辛さ、息苦しさが今でも鮮明に蘇ってきます。
だって、誰も声をかけてくれなかったから。
あの頃にはもう戻れないし、やり直すことも出来ない。
だから、今の私が、過去の私を救うために手紙を書いていくと決めました。
誰かに助けてもらうんじゃない。
自分で自分を救いに行くしかないのです。
手紙〜高校生の頃の私へ〜

高校生の頃の私へ。
40歳の私から手紙を送ります。
苦しい場所から立ち去ったあなたは、何も悪くない。
だって、辛かったのだから。
自分を責めなくていい。
そして「辛い、苦しい」という自分の気持ちを見過ごさなかったあなた、強かったよ。
自分が今、どう感じているのかを大事にしていってね。
40歳の私だから言えることだけど、ガールズトークが苦手だというのは、あなたの特性なの。
だけど、その特性の発見は、未来の自分を助けることに繋がる。
また同じような状況になる場面を防ぐことが出来る。
未来の自分を守るために、あなたは今、苦しいところを通っただけなのだから。
そして、自分が感じた苦しみを自分の中だけで終わらせてはいけない。
苦しみの先で待っている”何か”に繋げてほしい。
でも、あなたはちゃんとそれが出来てる。
苦しい場所から脱出できたね。
それでいいんだよ。
他のクラスの友達の部屋に逃げて、先生に怒られたからって、気にすることはない。
嫌な雰囲気のところに、ずっといる必要なんてまったくないのだから。
ガールズトークが苦痛・・・それの何が悪い!?

あの日の自分に手紙を書きましたが、なぜ今の私が過去の自分を責めたりしなかったのか?
ちゃんと理由があります。
ある一人の偉人を紹介します。
自分の理想を諦めなかった彼は、自ら人々と苦しみを共にする人生を選びます。
ふるさとの自然を心から愛した偉人は、あえて苦しいところを通りました。
まず私が その苦労を知らなければ・・・!
出典ーコミック版世界の伝記 宮沢賢治
苦しみの中をただ通り抜けるのではない。
彼は、苦しみの先に待っている”何か”に繋げるために、苦しみをただの苦しみで終わらせなかったのです。
つまり、彼が同じ体験をしたからこそ、人々の苦しみの意味を知れたのです。
だから、高校生の私がガールズトークを抜け出したことは何も悪くない。
むしろ、自分を守る行動が出来ている。
何も間違っていない。
その経験は、ガールズトークが苦手という特性を知る機会に変わっただけなのです。
そして、未来の自分が同じ状況になることを防ぐきっかけにもなりました。
だから、高校生の私は、苦しみを苦しみで終わらせることなく、しっかり未来に繋げることが出来たのです。
大丈夫!
苦しみにはちゃんと意味があった・・・!
自分ではなく世界を見続けた偉人

『風の又三郎』『銀河鉄道の夜』などの名作を残した童話作家を知っていますか?
今紹介している偉人とは、宮沢賢治のことです。
高校生の頃の私は偉人に興味がなかったけれど、大人になって偉人の人生を知りたいと思い、本を読み始めるようになりました。
宮沢賢治が残した言葉
宮沢賢治は、こんな言葉を残しています。
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない。
出典ーコミック版世界の伝記 宮沢賢治
幸せも苦しみも、自分だけで終わらせない
この言葉が生まれた背景には、彼のさまざまな葛藤がありました。
自分の理想を追い求めて、仕事も転々とします。
裕福な家庭で育ったからこそ、自ら農民になることを選んだ賢治を、家族は理解しようとしません。
賢治自身、家庭を持つことは私利私欲であるという極端な考えを持っていました。
しかし、その思想こそが自分の幸福を願うのではなく、世の幸せを常に探求する彼の生き方を支えたのです。
つまり、賢治は幸せも苦しみも自分だけで完結させなかった。
その先に続く対象に目を向けることを、決してやめなかったのです。
だからこそ、「何かを生み出すには、自分も苦労しなければならない」と考え、農民と共に自分も苦しむという選択ができたのではないかと思います。
苦しみの先で待っているもの
けれども、すべてが順調だったわけではありません。
太陽が出ない日が続き、稲はどんどん悪くなっていきます。
農民たちは、「あんたの言うとおりにしたのに、これじゃダメじゃないか!!」と賢治を怒鳴りつけます。
そして賢治はついに、病に倒れてしまいます。
世のために働き続けた宮沢賢治でさえ、上手くいかないことの連続だった。
そして苦しみの先に待っていたのは、苦しみでしかなかったのです。
どんなことにも意味がある
賢治だって、理不尽なことが多すぎて、逃げ出したくなったこともあったでしょう。
けれども、賢治の亡くなった後には、彼が書き残した童話や詩が今でも読まれ続けている現実がある。
苦しみの先に待っているのは、同じような苦しみかもしれないし、また違った困難かもしれない。
もしそうだとしても、高校生の私が通った苦しみには、少なからず意味があったのです。
苦しみを苦しみで終わらせず、次の”何か”に繋げようとしたこと。
未来の自分を守ろうとしたこと。
それが出来た自分に、堂々と自信と誇りを持っていいのです。

雨ニモマケズ 風ニモマケズ・・・
ソウイウモノ二 ワタシハナリタイ
高校生の私が出来ていた2つのこと

高校生の頃の私へ。
修学旅行の夜、ガールズトークに入れなくて寝たふりをしたこと。
雰囲気が苦しくて、他のクラスの友達の部屋に逃げ込んだこと。
大丈夫。
あなたは何も間違ったことをしていないよ。
あなたはその経験から、「私はガールズトークが苦手な特性があるのかも」と知ることが出来ました。
そして、未来の自分が同じような体験をする状況を防ぐ術も身に付けることが出来ました。
高校生の私は、苦しみを苦しみで終わらせなかった。
苦しみの先で待っている「未来」に目を向けることが出来た。
どうか、そのことに自信と誇りを持って、前に進んで行ってね。
未来の私は、高校生の私に救われたよ。
そしていつも、どんな時も、高校生のあなたを応援しています。
①ガールズトークで話すのが苦手なら、聞き役に回ることも出来る。
②自分に合わない環境から離れる勇気も必要。
③自分の限界を知ることも大事。
ことのは さおり

