山のように積み重なった本を整理していたときのこと。
手にした一冊が、目に留まりました。
それは、私が高校生の頃、大好きだった作家さんの本でした。
吉本ばななさんの“デッドエンドの思い出”。
「私、この本、修学旅行に持っていったっけ」
記憶をさかのぼるように、ページをめくってみると、数枚の便箋が挟まれているのに気がつきました。
それは、私が修学旅行前に家出をして、ホテルで思いを綴ったものでした。
こんな内容が書かれていました。
今日は学校へ行かなかった。
とゆーか、もう行かないつもりだった。
家出をするつもりだった。
CD、本を持って、家にはもう帰らないと決めた。
すべてが嫌になった。
友達も教室もピアノも勉強も、こんなに面倒なことってないって。
もうすべてを投げ出したかった。
だから学校へ行かなかった。
だから、あの町を飛び出した・・・
読み進めていくうちに、当時の気持ちが蘇ってくるようでした。
そして、家出をして過ごした街並みや、そこで出会った人たち・・・すべてが懐かしく思い出されてきました。
私が今、思うこと。
あのとき、家出をしてよかった。
家出なんて推奨されるものではないし、世間一般ではよくない行動。
でも、あの日々の私には必要だった行動。
そして、家出をしたから、私なりに気づいたことがたくさんあったのです。
私が夜になっても帰ってこないと心配してくれたお父さんお母さん、おばあちゃん、妹、そして親戚のおばさんたち。
みんなが私の携帯にメールをくれた夜を思い出します。
ホテルの窓から見えた満月。
私は、その夜、何かに気がついたと思うのです。
だから、次の日、電車に乗って、まっすぐ自宅へ帰りました。
雲ひとつない、青く晴れた穏やかな日でした。
・・・実は、この便箋の内容にはまだ続きがあります。
私は、家出をしたことで、いったい何に気がついたのでしょうね・・・。
次の項目に、続きを示していきますね。
家出をして私が出会った景色

もう嫌だ。何もかも嫌になった。
私一人くらいあの教室からいなくなったって誰も気づきやしない。
そーゆーもんさ。
目立つ人、偉い人、すごい人、そーゆー人はそこにいるだけで光を放っているのにさ。
私みたいな凡人は、つまらなくってさ、バカでさ。
だから、こんな自分があまりにも嫌になって、もうほんと、何もかも嫌で仕方なかった。
大学ってゆーのも・・・。
だけど、この街並みを見て、なんかよく分かった。
ああ、いろんな場所があるんだ。
いろんな町があるんだ。
あ、ここにも高校生いるんじゃんって、肌で感じたよ。
実際にそれを見て、よく分かった。
たくさんあるんだなって。
だからあの町、私の住む町も、たくさんのうちのひとつなんだって分かった。
あの高校もたくさんのうちのひとつなんだ。
そー思ったら、なんかあの町がいちばんいいじゃんって思えた。
あのクラスも、みんなも、なんか愛おしく感じた。
確かに、いいことばっかじゃないけど、嫌なことがなかったら、いいことが起こっていることに気がつかないかもしれない。
ムカつく人、やな人は減らんけど、そーゆー人もいるから楽しいんじゃん!
なんかそー思ったら、あの高校、卒業しておこうと思った。
そう、学校行こう!と。
ここまで読んで、私は「気がついたんだな!」と悟りました。
「あの頃の私、よかったじゃん!」って。
同じ場所に居続けると、同じ景色しか見えない。
でも、あの日の私は、勇気を出して動いたことで、自分の知らない風景を知ることができたのだと思います。
満月、メール、街の風景、便箋に書いた思い・・・。
世界は思っていたより広くて、私はその中のひとりだった。
あの日の家出は、私にとって、何かを見つけに行く旅だったのです。
大人になった今、心からそう思えます。
家出は、何かを見つけに行く旅

便箋の内容には、まだまだ続きがあります。
ほんと、確かにいいことばっかじゃない。
だけど、やなことばっかでもない。
そーゆーのだから、楽しいんじゃん!
この町に来てよかった。よく分かった。
私の知らない町でもたくさんの人々が生きているんだなって、よく分かった。
私は、私の世界しか見てなかった。
だけどこの世界には、まだまだたくさん世界があるんだね。
よく分かった。
そして大学のこと。
勉強から逃げてたんじゃない。
ただ、目指すってことがよく分からなかった。
ちょっと、心に問題が起きてしまっただけ。
うん!またやろう!私は私の方法でやってきゃいいんだ!
他人と比べることなんて、何もない。
・・・という内容で、締めくくられていました。
毎日の学校生活で、思うようにいかない自分をきっと嘆いていたのでしょう。
勉強やピアノがだんだんとできなくなっていく自分。
スポーツも勉強もガールズトークも、なんでもできちゃうクラスの人気者のあの子・・・。
そうやって誰かと比べて、「私はなんてこんなにダメなんだろう?」とでも、思っていたのかもしれませんね。
だからこそ、逃げ出したかった。
そんな世界はもう十分だと、もういいと。
だから、CDと本だけ持って、この町を飛び出したのでしょう。
若かったですね、私も・・・。
でも、家出して過ごした街並みやたくさんの知らない人たち、窓から見える満月、家族からのメールを通して、私は大事なことに気がついたのですね。
私はたくさんのうちのひとつなのだ。
誰かと比べる必要もないほど、私にだってきっと価値はある。
私は私でいい。
そのような思いにたどり着くことができたのです。
あの日の家出は、私にとって意味のある行動でした。
だからこそ、今も堂々と語ることができているのかもしれません。
私は、あの日々の私に、ただひとこと、「ありがとう」と言いたい気持ちになりました。
今の私から、あの日の私に伝えたいこと
もし、あの頃の私にメッセージを送れるとしたら、この言葉をプレゼントしたいと思います。
人生のわずかな不幸は、人生の豊かな幸せと比較すれば問題にならないと思う。
出典ーコミック版世界の伝記 クララ・シューマン
これは、19世紀の音楽家を代表するピアニスト、クララ・シューマンの言葉です。
彼女は作曲家であるロベルト・シューマンを愛していましたが、父に猛反対され、裁判で争うことになりました。
裁判は1年近く続き、ついに父親ヴィーク氏の異議申し立てが却下され、ふたりは晴れて結婚することが認められたのです。
けれども、結婚後はさらに苦しいことが続きます。
ロベルトは心が繊細であり、とても弱い精神を抱えていました。
そのため、作曲の仕事にも精を出し過ぎてしまい、休む時間がなかなか取れず、心身を病んでいきました。
ロベルトは幻聴やめまいに襲われ、みずから精神病院に入る決意をしましたが、自殺未遂を図ります。
そして、46歳で死去ー7人の子どもとクララを残してー
その後、クララは、ロベルトの曲を世界に広めるために、生涯、演奏活動を続けたのです。
あの頃の私にとって、わずかな不幸とは、自分の世界しか見ていなかった、ということ。
人生の豊かな幸せとは、世界にはまだまだ知らない世界がたくさんあるのだ、と知っていくこと。
自分の居場所を少し離れて、何かを見つけたかったから、私は家出した。
だから、家出は間違いじゃなかった。
あの日の私は、自分に自信をなくしていました。
勉強やピアノ、人間関係などなんでもできる友達と比べてしまい、とりわけ何もできない自分に悲観的な感情を抱くようになっていったのです。
けれども、知らない町で過ごして、「私は私でいいんだ。下手くそでもいいんだ。これでいいんだ」と思えたのですね。
クララ・シューマンのような偉人の世界を知ることは、私たちにとってとても大切なことです。
自分とは違った悩みや苦労を抱えて生きていた人たちの人生を学ぶことで、心がどんどん豊かになっていきます。
心が疲れたとき、偉人の人生に触れて、自分の悩みを解決していけたら嬉しいですね。

自分の世界を飛び出す勇気も、ときには大事だね!
私にとって家出は間違いじゃなかった
あの日の私のように自分に自信をなくしている人に、今、私が伝えられることは次のことです。
あの日の私にとって、家出とは、何かを見つけに行く旅でした。
家出をしたことで、本当は世界はもっともっと広くて、私の知らないことがたくさんあるんだということが分かりました。
だから、その瞬間、勉強を頑張ろう!と思えました。
確かに、学校生活を送る中で、なかなか思うようにいかなくて、そんな自分が嫌になる時もあるかもしれません。
そういうときこそ、自分の知らない世界のことを思い浮かべてみてください。
クララ・シューマンのことも、私が大人になって知ったのですから(笑)
辛くなったときに、自分の知らない町や他の国のこと、偉人の人生に触れて、今の自分の人生だけがすべてではないということを感じてみてください。
そして、本当に苦しくなったら、勇気を出して、あの日の私のように、隣町にでも出かけてみてください。
それは、家出でもなんでもありません。
あなたが、何かを見つけに行く旅なのですから。
豊かな人生たちが待っていてくれる
私の家出体験を聞いて、どのように感じられましたか?
あの日の私にとって、家出は必要なもので、何かに気づくための行動でした。
だから、まったく後悔していません。
もし、あの日の私のように、なんだか学校生活が虚しいと感じていたら、勇気を出して、少し心の旅に出かけてみるのもいいと思います。
知らない街並みを眺めて、何かを見つけてみてください。
そして、今のあなたの学校生活だけが、あなたの人生の全てではないということを、どうぞ忘れずにいてくださいね。
きっと、豊かな人生たちが待っていてくれます。
①人生のわずかな不幸とは、自分の世界しか知らないということ。
②人生の豊かな幸せとは、世界にはたくさんの景色があるのだということを知ること。
③自分には価値がない、のではなく、あなたはたくさんのうちのひとつなのだということ。
ことのは さおり