遠回りだった人生を、今もう一度振り返ってみたい。
来年40歳になるけれど、「自分にやる気さえあれば、いつからでもどんなときでも、取り戻せる」と身を持って知った時間だった。
34歳のとき、放送大学に入学した。
大学受験を経験できなかった私にとって、大学生になれることは夢のように嬉しかった。
学費はすべて、父母が受給を進めてくれていた障害年金を利用することを、両親は理解してくれた。
だから私は、放送大学で学ぶことを中途半端にはできない。
障害年金が与えられたからこそ、大学生になれた。
そのことに感謝しながら、ずっと学び続けていきたい。
高校生のころ、留年してよかったし、地元の短大でも仲間はずれにされて中退を選んで正解だった。
40代を迎える今、こんなにやりたいことを見つけることができたから。
ブログ、音楽、学問を、おばあちゃんになってからも、ずっと続けていきたい。
自分が研究中に発見した功績を、「あれは錯覚だった」と述べた偉人がいる。
錯覚ではない。
真実だ。
今回は、この偉人に焦点を当てながら、私の遠回りだった人生を振り返りたい。
私のように、学生のころ、大きな挫折を経験して、今も苦しみの中にいる誰かに届くメッセージであることを願いながら。
「あれは錯覚?」「いや、真実だ!」

最初に、人生には、自分の思い描いていた選択ではなく、別の道にこそ、真の喜びがあると教えてくれた偉人を紹介したい。
x線と聞いて、何を思い浮かべるだろう?
病院で撮影するレントゲン写真ではないだろうか?
私だって、最初にこの現象を見たとき錯覚だと思ったくらいだ。
出典ーコミック版世界の伝記 レントゲン
上記の言葉は、ウィルヘルム・コンラッド・レントゲンの言葉である。
彼が、x線を発見した。
レントゲンの一つのエピソードを紹介しよう。
学生時代に、教師にいたずらをした友人をかばったため、学校を退学させられることになる。
レントゲンの母は、こう語った。
終わったことよりも、これから何が出来るか考えましょう?
そう、人生何が起こるか分からない!
別の大学で学ぶ道が備えられて、物理学の教授に、「私のもとで物理学をやってみる気はないかい?」と勧められるなんて!
そして、レントゲンは研究に没頭し、x線を発見することになるなんて、誰が想像できただろうか。
一つダメになっても、また別の道がある!
これは、レントゲンが自分自身に言い聞かせていた言葉だ。
レントゲンが友達をかばうことなく、自分の思い通りに人生が進んでいたら、x線の発見はあったのだろうか?
もしかしたら、なかったかもしれない。
もちろん、彼の努力の継続があったからこその、発見だ。
でもそれよりも、素晴らしいのは、友達をかばったことだ。
天か神か、その大いなる存在は、人間の細部まで見ておられるのだと思う。
友達を助けた、その報いでもあると、私は感じた。
自分の望んでいた進路は閉ざされたけれども、それよりももっと素晴らしいものがレントゲンの人生に与えられた証拠でもある。
だから彼は言った。
「あれは錯覚ではないのか?」
違う。
事実であり、真実だ。
私の人生にも、似たようなことがたくさんあった。
「私は、大学生になんてなれないのかもしれない。大学に行くお金は、私の家にはないから・・・」
そんなとき、父母が障害年金の受給を進めてくれていたのを知った。
迷わず、大学に行く資金にしようと思った。
私が高校生のときに体験したイジメは間違いなく「事実」だ。
でも、大人になって、学び続けられる喜びと環境が与えられている今、「あの日々は錯覚だった」と自信を持って言える。
人は、自分の捉え方一つで、人生の出来事を「錯覚」にも「事実」にもしてしまうのだ。
次の項目では、留年した私が、今学んでいる理由について、述べていきたいと思う。

終わったことじゃなくて、これから何が出来るのかを考えたいね。
40歳を目前にして

高校生の時は、心の病で、勉強もピアノも何もかもできなかった。
でも、30代になってから、障害年金を与えられたことで、放送大学で学び続ける喜びに出会えた。
あのとき、留年してよかった。
あのころの挫折は錯覚だった、今学べている事実がある。
40歳を前にして、やっとこの境地に辿り着けた。
過去の自分も責めず、未来の自分も悲観しない。
これが人の幸せであり、自分で作り上げていく幸福なのだと悟った。
現在、収入は障害年金だけで、ブログで大金を稼げているわけではない。
でも、それでもいいと言ってくれて、「年金があなたのお給料なのよ」と励ましてくれる父母がいる。
世界には、私よりも症状が重い精神疾患や発達障害を抱えている人がたくさんいる。
だからこそ、ここまで回復できたことに感謝して、日々与えられている作業をコツコツ頑張っていきたい。
40歳を目前に、やりたいことをたくさん見つけることができたことも、私が元気になってきた証拠だ。
放送大学の勉強以外に、ピアノや歌の練習、心理学検定や歴史能力検定、数学や英語の検定にもチャレンジしてみたい。
ブログもずっと続けていきたい。
レントゲンの言葉のように、「一つダメになっても、また別の道がある」って、こういうことだったのか・・・と、腑に落ちた。
思い通りにいかない人生でほんとうによかった。
だって、そこには、自分が知らない幸福が待っていると思えるから。
高校生のころの自分を助けに行くために、私はこれからもコツコツと努力を重ねていきたい。
人生は後になって理解出来ることが、たくさんある
最後に、今の私の現状を振り返りつつ、ウィルヘルム・コンラッド・レントゲンの言葉も思い出してみたい。
高校生のころ、心の病を発症し、勉強とピアノができなかった私にとって、放送大学に入学できたことは、心からの救いだった。
20代のとき、何度も「大学に行きたい」と訴えたものだった。
返ってくる言葉はいつも、
ーー家にはお金がないーー
けれども、障害年金のおかげで、大学で勉強する夢が叶えられた。
だから、放送大学で学べることが、ほんとうに楽しい!
あの日々、勉強とピアノが出来なくてよかった。
これからの人生で、勉強とピアノを取り戻していきたい。
レントゲン自身も、望んでいた大学には進めなかったけれど、備えられた道を選んだことで、物理学に出会い、x線の発見という偉大な功績を残すことが出来た。
人生は何が起こるか分からないし、何が最善なのかも後になってからでないと、理解出来ないこともたくさんある。
私だって、最初にこの現象を見たとき、錯覚だと思ったくらいだ。
出典ーコミック版世界の伝記 レントゲン
レントゲンの発見は、錯覚ではなくて、真実だった。
そして、私が体験した挫折も、きっと錯覚で、現在与えられている環境や状況が全てであり、事実なのだと思う。
人は、自分の捉え方一つで、人生の出来事を「錯覚」にも「事実」にもしてしまうのだ。
※この一文は、私が今までの人生を通して、感じてきた思いを表現したものである。
人は皆それぞれに
私には、高校生のころ留年したり、地元の短大でも仲間はずれにされて、半年も経たずに中退してしまった過去がある。
けれども、だからと言って、私だけが辛い思いをしてきたわけではないし、人は皆それぞれ悲しみや苦しみを抱えながら生きている。
学生のときに辛い思いをした人が、何かに気がつけることが出来るように、私はこれからも文章を書き続けていきたい思う。
そして、発達障害や精神疾患を抱えていても、努力次第で未来は変えられることを私も証明したい。
「錯覚」の先に「真実」が待っていると願いながら。
①人生には、思ってもいなかった先に、嬉しい展開が待っていることがある。
②一つがダメになったとしても、きっとそれ以上に最善の方法があるのかもしれない。
③自分の捉え方次第で、人生の見方を変えることが出来る。
ことのは さおり

